セームシュルトの現在と引退理由!全盛期の強さや入場曲も【K-1】

今回は、K-1で四度の世界王者に輝き、

K-1史上最強と謳われた絶対王者、

セーム・シュルト選手です!

その全盛期の強さや、引退理由、

なぜか水曜日のダウンタウンでくっきーの替え歌に登場?w

そして現在なんかを紹介させていただきます!

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セーム・シュルトのwiki的プロフィール

引用:instagram.com

 

名前:セーム・シュルト(セミー・シュルト)

本名:Semmy Schilt

異名:絶対王者、難攻不落の最凶王者

生年月日:1973年10月27日

年齢:45歳

血液型:?型

出身:オランダ 南ホラント州ロッテルダム

身長:212cm

体重:136kg

階級:ヘビー級、スーパーヘビー級

所属:正道会館/ゴールデン・グローリー

 

インスタグラム:@semmyschilt

ツイッター:@semmyschilt

ブログ:なし

 

セーム・シュルトの経歴

引用:instagram.com

 

セームシュルトは8歳の時に極真空手を始め、

20歳の頃には全英極真空手オープントーナメント、

モスクワフルコンタクト空手オープントーナメント、

オランダUSA大山空手オープントーナメントらで優勝します。

 

その後は組み技のトレーニングに集中的に取り組み、

総合格闘技団体のパンクラスにも出場し、総合格闘家の道へ。

そして1999年には無差別級キング・オブ・パンクラスタイトルマッチで王者の近藤有己に挑戦し、

チョークスリーパーで一本勝ちを収め王座を獲得します。

 

そして2001年にはUFCに参戦し、

UFCでの戦績は1勝1敗という戦績でした。

 

2002年には立ち技のK-1、

総合格闘技のPRIDEと並行して参戦するようになり、

立ち技では無敗なものの、

総合格闘技ではエメリヤーエンコ・ヒョードルやアントニオ・ホドリコ・ノゲイラらに敗北しています。

日本の2大興行で活躍することにより、

その名は一気に広まりました。

 

2004年はK-1でアレクセイ・イグナショフ、

総合格闘技ではセルゲイ・ハリトーノフに惨敗を喫します。

この頃のセームシュルトは今の多くの人が抱くような最強というイメージではなく、

背が高いだけで、実力的には目立った存在ではありませんでした。

 

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2005年にセームシュルトがK-1に本格参戦をすると、

その才能を急激に開花させます。

決勝トーナメントで、

レイ・セフォー、レミー・ボンヤスキー、グラウベ・フェイトーザに勝利を収め、

K-1 WORLD GP 2005のチャンピオンに輝きます。

 

2006年には、決勝トーナメントで

ジェロム・レ・バンナアーネスト・ホースト、ピーター・アーツに勝利し、

K-1 WORLD GP 2006を優勝

K-1 WORLD GP二連覇を成し遂げます。

 

2007年も決勝トーナメントで

グラウベ・フェイトーザ、ジェロム・レ・バンナ、ピーター・アーツを破り、

K-1 WORLD GP 2007を優勝。

史上初となるK-1 WORLD GP 三連覇の偉業を成し遂げました。

 

2008年はGP四連覇の目標を掲げますが、

年末の決勝トーナメントの前の開幕戦で、

ピーター・アーツが「俺がシュルトを止める」と対戦を直訴し、

二年連続GP決勝戦で勝利しているピーター・アーツとの開幕戦での対決が実現しました。

結果は判定2-0でピーターアーツの勝利となり、セームシュルトのGP四連覇の夢はここで潰えます。

 

そして復帰戦となる2009年は、

オランダのキックボクシング団体であるIT'S SHOWTIMEの世界ヘビー級王者決定戦で

バダ・ハリと対戦し、開始45秒でまさかのKO負けを喫します。

ですがその年の決勝GPでは、

準々決勝のジェロム・レ・バンナ戦、準決勝のレミー・ボンヤスキー戦、

そして決勝のバダ・ハリ戦の全てで、

1ラウンドKO勝利を収め、バダ・ハリへのリベンジに成功するとともに、

1998年にピーター・アーツが達成して以来、

K-1史上2度目となる決勝大会での全試合1ラウンドKO勝利を達成し、

アーネスト・ホーストと並ぶ史上最多の4度目の王座を獲得という偉業を成し遂げます。

 

2012年も連勝を収めますが、

決勝トーナメントであるK-1 WORLD GP 2010 FINALでは、

準々決勝で京太郎と対戦し判定勝ち、

準決勝ではピーター・アーツと5度目の対戦をしますが、

ひたすら前に出て攻撃し続けるピーターアーツに押され、

0-2の判定負けを喫し、

前人未到の5度目の世界王者の夢はかないませんでした。

 

K-1が開催されなかった2011年は休養し、

2012年にオランダのキックボクシング団体であるGLORYと契約。

GLORY 1にて初代GLORY世界ヘビー級王座決定戦で、

エロール・ジマーマンに3RKO勝ちを収めて同王座を獲得します。

 

12月31日、DREAM.18 & GLORY 4にてGLORY GRAND SLAMヘビー級トーナメント2012に出場し、

1回戦でブリース・ギドンと再戦し、2RKO勝ち。

準々決勝でリコ・ヴァーホーベンに2R判定勝ち。

準決勝でグーカン・サキに2R判定勝ち。

決勝でダニエル・ギタに左ハイキックで1RKO勝ちを収めて優勝し、

K-1とGLORYの二冠王となりました。

 

引用:instagram.com

 

セーム・シュルトの戦績と獲得タイトル

 

戦績

プロキックボクシング

50戦 43勝 20KO 6敗 1分け

総合格闘技

41戦 26勝 24KO1本 14敗 1分け

 

獲得タイトル

オランダUSA大山空手オープントーナメント優勝(1994年)

全欧芦原空手オープントーナメント優勝(1994年)

全英極真空手オープントーナメント優勝(1994年)

モスクワフルコンタクト空手オープントーナメント優勝(1994年)

オランダ極真武道会大会優勝(1995年)

オープントーナメント北斗旗空手道無差別選手権大会優勝 優勝(1996年)

オープントーナメント北斗旗空手道無差別選手権大会優勝 優勝(1997年)

第9代無差別級キング・オブ・パンクラシスト

K-1 WORLD GP 2005 IN PARIS EUROPE GP 優勝

K-1 WORLD GP 2005 優勝

K-1 WORLD GP 2006 優勝

K-1 WORLD GP 2007 優勝

初代K-1スーパーヘビー級(100kg以上)

王座K-1 WORLD GP 2009

優勝初代GLORY世界ヘビー級王座

GLORY GRAND SLAMヘビー級トーナメント2012 優勝

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セーム・シュルトの入場曲は?

 

シュルトの入場曲は、

『Algerino - 2 hot 2 handle』

かなりカッコいい曲で、

セームシュルトの入場の際に曲のイントロ部分が流れると気持ちが高まるような気がします!

 

引用:youtube.com

 

くっきーの替え歌にセーム・シュルトが登場w

 

バラエティ番組の水曜日のダウンタウンの

替え歌選手権という企画に、

お笑いコンビ野性爆弾のくっきーが出場。

その際に歌った『前前前世』の替え歌の歌詞の一部が

「君の全、全、全アバラ セーム・シュルトのボディで全砕け」

という歌詞でした。

 

この替え歌選手権は、

女子高生51人を審査員とした大会だったので

今の女子高生にシュルトが分かるはずもなく

くっきーは敢え無く敗退してしまいましたw

 

その時の動画がこちらです!

 

引用:youtube.com

 

スタジオでVTRを観ていた松本人志さんも

「誰が知っとんねんセーム・シュルト女子高生!」と思わずツッコんでいますねw

 

25歳以上くらいの男性なら、

セームシュルトを知っている方も多いのではないかと思いますが、

さすがに今の女子高生には分かりませんでしたね!w

 

セーム・シュルトは絶対王者?全盛期の強さは??

引用:instagram.com

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K-1で誰が最強かという議論に必ずセームシュルトの名前が挙がりますが、

それもそのはず、

セームシュルトとアーネスト・ホーストの二人だけが成し遂げた、

4度のK-1世界王者に輝くという偉業があります。

そしてもう一人の4タイムスチャンピオンであるホーストを、

シュルトは3度の直接対決で2度退けています(残り1度は引き分け)。

セームシュルトの強さは、

身長212cm体重136kgというその体格をフルに活かした戦い方にあります。

遠距離ではジャブと前蹴りで相手を突き放し、

接近されてもその体格から繰り出す膝蹴りで迎え撃ちます。

この戦法を使うセームシュルトは正に難攻不落でした。

 

またセームシュルトは本来左利きですが、

あえてオーソドックス(右構え)に構える事によってジャブを利き手である左手で放っていました。

そのためセームシュルトのジャブは、

他の選手のストレートくらい強いと言われていました

タフで有名なレイ・セフォーも、

シュルトのカウンターのジャブ一発で失神させられています。

そんなシュルトですが、

ボクシングテクニックはそこまで高くなかったようで、

全盛期と呼べる時期にもアレクセイ・イグナショフにはカウンターパンチで、

バダ・ハリにはパンチのラッシュで、

それぞれに1RKOされています。

ですがこれは、イグナショフやバダハリのような

195cm以上の身長とリーチ、

そして恐ろしく速いパンチを持っていないと使えない攻略法ですね

またピーター・アーツにも、3度の判定負けを喫しています。

アーツとの試合は、

ひたすら前に出てくるアーツの精神力と気迫、

そして会場を埋め尽くすアーツコールに

シュルトの心が折られてしまったような展開でした。

とはいえ、バダハリには1RKOでリベンジしていますし、

シュルトもアーツに2度勝利していますし、

実績から考えてもシュルトが最強王者というのは間違いではなさそうですね!

 

セーム・シュルトの引退理由は?

 

セームシュルトは2013年に40歳で長い格闘家人生の幕を閉じました。

当時40歳だったとはいえ、

その実力はトップクラスを維持していました!

では引退を決意した理由はなんだったのでしょうか?

 

大きな引退理由は、

心臓の病気による医師からのドクターストップと言われています。

 

あれだけ大きな身体で重量級の激しい戦いをくぐり抜けてきたので、

やはり心臓にもかなり負担があったのでしょうか。

 

心臓の問題が解決次第、

日本で引退試合を行うと発表されていました。

 

企画されていたのはピーターアーツ、レミーボンヤスキー、セームシュルトの合同引退イベント。

日本の格闘技全盛期に活躍したレジェンドたちが集まるとあって注目を浴びましたが、

心臓の問題が解決せずにセームシュルトは欠席。

結局そのまま試合せずに引退してしまいました

命には変えられませんから仕方ありません。

 

現在は激しい運動を避け、

大きな問題もなく生活しているようです。

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セーム・シュルトの現在は?

引用:instagram.com

 

現在もセームシュルトは指導者として格闘技に携わっています!

世界最高峰のメジャー総合格闘技イベントUFCで2017年に行われた大会で

アレクサンダー・ヴォルコフという選手のセコンドについていました。

その時のヴォルコフの対戦相手は身長が213cmあったのですが

ヴォルコフが見事にKO勝ち!

 

試合後のインタビューでヴォルコフは

「シュルトとのスパーリングに比べたらこの試合はイージーだったよ、シュルトとのスパーリングは本当にタフだった」

と語っています。

シュルトはいまだに強そうですねw

 

【K-1】セーム・シュルト まとめ

 

今回は、K-1ヘビー級絶対王者セーム・シュルトについて書いてみました!

 

その体格を活かして確実に勝つ戦法と

真面目な性格で会見やインタビューが盛り上がらない事から、

あまり人気が無く、

不人気王者としてK-1で悪役のような扱いだったシュルトですが、

東日本大震災の時には日本の被災地に駆け付けたりしたようてす。

凶悪な強さだけでなく、

非常に心優しい最強王者だったのではないでしょうか!

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